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猿田彦大神ってどんな神様?猿田彦神社にお参り。

猿田彦大神という神様がおられます。猿田彦命とか猿田彦の神とも言われています。

先日、伊勢参りに行ったときに伊勢神宮の内宮の近くにある「猿田彦神社」にも行ってきました。

もちろんしっかりと御朱印も頂いてきました。

猿田彦神社に行くつもりだったので前もっていろいろと調べていると、今の私にぴったりの神様だということがわかり、とってもわくわくした気分で行ってきました!

せっかくなのでご紹介させていただきます!!

 

猿田彦神社

三重県伊勢市の伊勢神宮、内宮(皇大神宮)の近くにある神社です。

猿田彦大神と、その子孫である大田命を祭神としています。

旧社格は無格社で、第二次大戦後は別表神社となっています。

 

無社格とは社格がないという意味ではなく「無格社」という社格です

 

日本神話によれば、猿田彦神はニニギの天降りの先導を終えた後、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まった。

倭姫命世記によれば、その子孫の大田命は天照大神を祀る地として倭姫命に五十鈴川川上の地を献上した。

大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、神宮に玉串大内人として代々奉職したが、その宇治土公が邸宅内の屋敷神として祖神の猿田彦を祀っていた。

明治時代に入り、神官の世襲が廃止されることになって、屋敷神を改めて神社としたのが猿田彦神社である。

猿田彦神がニニギの先導をしたということから、交通安全・方位除けの神社として信仰されている。

本殿は「さだひこ造り」と呼ばれる特殊な妻入造である。

欄干や鳥居には八角形の柱が使用されている。5月5日の御田祭は、三重県の無形民俗文化財に指定されており、神饌として飛魚を献上する風習がある。

境内には、天降りの際に猿田彦神と応対した天宇受売命を祀る佐瑠女神社(さるめじんじゃ)が猿田彦神社の本殿に向かい合うように建っており、芸能の神として信仰されている。

出典:wikipedia

 

ここが猿田彦神社の総本社と思いきや、実は全国約2千社ほどある猿田彦大神を祀る神社の総本社「地祗猿田彦大本宮」は、同じ三重県の鈴鹿市にある椿大神社ということになっているんです(昭和10年内務省神社局調査)。

これは実際のところ”謎”と言われています。

 

椿大神社の宮司は山本さんという姓であり、猿田彦神社の宮司は宇治土公(うじとこ)さんという姓なんです。

お名前は違うのですが、どちらも猿田彦神・大田命の直系の子孫であると主張しておられるんです。

 

『倭姫命世記』によれば宇治土公家こそ猿田彦大神の直系の子孫とされています。

 

しかし、猿田彦神社が神宮内宮の近くにあることや、猿田彦大神を祀る各地の神社で椿大神社とつながりのある神社が、自実は数少ないということで、やはり猿田彦神社が猿田彦神を祀る神社の総本社だろうと考える方も多いんですね。

 

他にも「椿大明神」をお祭りしている「椿神社」は、全国各地に存在していることもあってなおさら、椿大神社は総本山と思いたくない方が多いのかもしれませんね。

 

なお『延喜式神名帳』に記載されている「椿大神社」は、都波岐神社・奈加等神社とする説もあるそうです。

神様のお話ですから真実はわかりませんが、不思議なお話であることは間違いないですね。

猿田彦命のことや猿田彦神社に関してはまた別に特集してみたいと思っています。

猿田彦神社は思ったよりこじんまりしていました。同じ敷地内にある佐瑠女神社にももちろん参ってきましたよ♪

 

願いはかなうのか

猿田彦神社は道開きの神様ですから、新しいことを始めようとおもっている私にぴったりだと思っています。

新しいことといっても何をするのかはまだ模索中なんですが。

違う言い方をすると、今年人生の中での大きなお仕事に「ひと区切りがついた」んです。

それまで忙しかった日々の鎖が切れた感じです。

もちろん今も毎日やることはたくさんあるのですが、この夏ころからかしら・・・

苦手な人との付き合いをさっぱりしなくてもいいような状況になり、気持ちがすごくスッキリしたんです。

そこにきて猿田彦神社に来れたんですから、これから新しいことが起こるに違いなと思っています。

なんだかワクワクして毎日が楽しくて仕方ない!(^^)!

 

どんなことが起きるのかまた変化があれば報告していきますね♪

最後までお読みいただきありがとうございました(*^-^*)

冒頭画像出典:matome.naver.jp

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